ぜんぶ夢

(試し読み)



夕刻。土方は、いつもの着流しで踏み入れた。

かぶき町は男の街だ。

身を売るのも、それを買うのも男。

男以外の生き物は存在しない。

華やかな表通りで客を呼ぶ子供は、まだ店に出ない見習いだ。

ときには客の要望に応じてこんな子供が客を取ることもあるが、この町ではそれが許される。

「お侍さん、ウチで遊んでかない? 育ってないので良かったら俺を買わない?」

そんな客引き文句を聞いても土方は聞き流す。

ここは国家や警察の権力の及ばない治外法権なのだ。

彼らが唯一縛られるものがあるとすれば、それは。

「ウチ値段高いよ。かぶき町の最高額。ウチの兄さん、かぶき町一の花魁だよ」

「いらねーよ」

土方は苦笑して通り過ぎる。

この町では誰にどれだけの値段がついたか、どの店がどんな客を遊ばせたか、

厳密な売上金額でランキングされる。この町で物を言うのはその序列のみ。

下位の者が上位の者に逆らうことは出来ない、それだけだ。

「かぶき町は初めてなんでね。俺ァ見物に来ただけだ。

店に上がって男を買おうなんざ思っちゃいねーよ」

まといつく子供に、そう言い切ったとき。

ふと視線を上に向けた先に、強烈な存在感のある者が楼閣の窓辺に

座ってこちらを見下ろしていることに気がついた。

「な…っ!?」

その男は色が白かった。

不自然というほどでないが透けるような肌をして、瞳は興味津々といった視線を

土方に注ぎ、口元には好意の笑みを、往来には雑多な人の通りがあるというのに、

土方ただ一人だけに向けていた。

「どう? ウチの兄さん。お侍さんの好みでしょ?」

立ち止まって高い窓辺を見上げている土方に、さっきの子供が声をかけてきた。

「なんだったら兄さんの都合聞いてこようか? 兄さん、花魁のくせに気まぐれだから

初めてのお客さんでも相手してもらえるかもよ」

「……」

土方は上を向いたまま頷いていた。

その人物から目が離せなかった。視線が外れてしまうのが怖くて一歩も動けなかった。

はだけた襟から見える男性的な均整のとれた身体。

その強い力を内包する肉体がそんなにも白く、そしてそれを客に好きに弄らせて自らも

享楽に耽っているかと思うと土方は無性な苛立ちを覚えた。

恋しい人。花魁は土方にとって、そしてかぶき町を訪れるすべての人間にとって、

恋の対象なのかもしれない。逆光で見えにくいが、その髪はどういう装いか、

たしかに銀色の光を放っている。誘うような魅惑的な表情、おもしろいものを歓迎し

期待する気まぐれな笑み。自分だけが花魁に受け入れられ、その期待に応えることが

できると思わせてしまう雰囲気がある。自分こそが花魁を満足させ、救うことができると。

突然、彼の視線が逸れた。彼は室内へ振り返る。子供だ。

子供が階上へあがっていって声をかけたに違いない。

銀髪の花魁が、しばらく室内を向いて止まっていたかと思うと、

驚いたような瞳を地上の土方に投げかけ、おもしろそうにその瞳を笑ませながら土方に首を傾げてきた。

「お侍さん、よかったね」

子供が駆け戻ってくる。

「かぶき町が初めてみたいって言ったら、半額サービスしてくれるってさ。

って言っても十万二十万の単位じゃないけど。ウチはカードも使えるよ」

「ちょっと待て。十万、二十万じゃねーのかよ!?」

土方は我に返る。

「そんなん遊べるわきゃねーだろ!いったいアイツいくらなんだ?」

「だからかぶき町で一番高額なんだって。一時間遊んだら一財産飛ぶよ。

でもウチは初会でも最後まで楽しんでもらうからね。時間までは兄さんに相手してもらえるよ」

「花魁が初会の相手に最後までヤらせるわきゃねーだろ」

土方は冷静に踏みとどまろうとする。

「財産なげうってまで男遊びできるかってんだ」

「じゃあ、やめとく?」

子供は呆れたように尋ねる。

「もったいないなァ。兄さんは気まぐれだけど滅多に空いてる時間なんてない。

初めての客、半額で揚げることもないのに。ま、縁がなかったね。兄さんにはそう言っとく」

「まっ…まて、待て!」

土方は店の中へ、階上の花魁の元へ走って告げにいきそうな子供を大声で呼び止める。

「やめるとは言ってねぇ。考え中だ。腹くくるまで時間かけさせろ」

「だからその時間がちょっとしか空いてないんだって」

子供は携帯電話を取り出して時刻を確認する。

「兄さんの次の座敷まで、あと45分。あぁもう43分20秒だ。はやく決めてよ。

兄さんなら10分単位だって入りたい客がいるんだから」

「う…、」

上から感じる彼の人の視線。

「さ…、最後までって…最後までかよ?」

土方は自分を見込んだ花魁を失望させたくなかった。

財布とその中のカードを思い浮かべながら、足は店へ踏み出していた。

階上には自分を待っている彼の人がいる。もう一度、その姿を目に映そうと見上げたとき。

「あぁ?なんだ、アイツ!」

花魁の後ろから、こちらを覗きこんでくる短髪の男の影があった。

その立ち位置が、いかにも花魁と距離がなくて親しげなそぶりである。

いでたちから一見してその男も客をとる立場の人間と分かる。

「ああ、あれはウチのもう一人のナンバーワン。高杉って言えば知らない人は

いないけど。お侍さんは聞いたことない?」

子供がこちらを向いてニニッと笑った。

「あの人も花魁だから。店の経営者兼高嶺の花。

銀時兄さんと並んでウチはツートップだからね。そして俺は晴太」

自分を人差し指で示す。

「スグ育つつもりなんで、どうぞご贔屓に〜!」

高杉、そして銀時。その姿を、面差しを土方はどこかで見た覚えがあると思った。

だがどうしても思い出せなかったし既視感はすぐに消えた。



「いらっしゃーい土方くん」

案内された部屋に入ると銀髪は一人だった。座っている窓辺から手を振ってくる。

「俺と一発しにきてくれたわけ? 嬉しいじゃねーの。ありがとなァ」

「別に。礼を言われる筋合いじゃねぇよ」

「時間と金、俺にくれるんだろ?礼くれぇあたりまえだっつーの」

入り口で、銀時の存在そのものと、行為に及ぶための内装全般に気圧されて

踏み出せない土方を銀時が窓辺から腰をあげて迎えに歩く。

「これからここでオメーを感じ尽くしてぇ。

んで、オメーにも俺を気が済むようにしてもらいてぇ」

花魁は素肌に着物をラフに纏っただけで、余計な装飾品は一切ない。

それだけで身体の良さがいっそう際立つ。

光を放っていたのは自前の銀色の髪だった。くるくると巻いて耳元まで流れ、

その合間から柔らかそうな耳たぶを覗かせている。

その手触りを、感触を思うだけで下腹が脈打ち、己の分身が着衣の下で

熱くひそかに擡げてゆく。

誘われるまま土方は銀時に手を引かれ、真ん中に置かれた重量のあるベッドへ上がりこみ、

銀時と向かい合わせに座る。その間も銀時の微笑んだような唇と、けだるい半眼の瞳に

とらわれたまま視線を動かすことなどできなかった。

「ひとつ聞いていい?」

銀時の不思議な色をした朱の瞳が、いたずらっぽく土方の視線を掬って覗きこむ。

「キスするのが好き?されるほうが好き?」

「…ケースバイケースだ」

銀時の掠れた声に欲望を?き立てられながら、土方は差し出された主導権を迷わず握る。

「けどこの場合、する方かな」

「あっ、…んんぅ、」




「銀時ィ」

明け方の4時。

最後の客を見送った銀時の部屋へ高杉が入る。

「飯食うか?」

「まだいいや」

ぼんやりと桟にひじを掛けて階下を眺めている。

「じゃあ最後の客の相手をお願いするぜ」

高杉は銀時の手首を掴んで引き寄せる。

「花代」

高杉は言って唇を重ね、金を銀時の懐へ入れる。

これは高杉が今日稼いだ金、全部だ。

いつも高杉はそうやって金を全て銀時に渡してしまう。

「金なんかいらないのに」

「俺ゃお前を買ってんだ。無銭で遊ぶわけにゃいかねーよ」

何度目かの同じ会話。

辿る平行線。

高杉は頑なだ。

なにを言おうと高杉は銀時に金を払い、抱く。

抱きながら今日一日、銀時が客に何をされたのかを穏やかに詰問する。

答えながら銀時は抱かれる。

それは変らない。

だから銀時は話を変える。

「調理…済んだ?」

「あらかたな」

唇を割って舌を絡める。

銀時が体をくねらす。

「今日の朝飯ナニ? うまそう」

「なんだ。味がしたか? なら鱈の白子の味噌焼きだ」

「うぇ。飯でまで精子なんて食いたくねぇ」

抱きしめた銀時が顔をしかめる。

「良い鱈があがったんだよ。安心しろ。お前には身の味噌焼きが作ってある。

嫌なら他にもキンキもムツもあらァ」

「ここは魚料理屋か」

「違う。人肉食堂だろ…」

唇を啄ばむ。

「よせよ。山猫が出てきそうなコト言ってんじゃねーって」

笑って銀時は自分で着物を肩からすべり落とさせる。

「愛してるゼ、銀時」

どんなに時間が無くても疲れていても、高杉は日が昇る一日の終わりに銀時を抱きたかった。






                                         …………続きは同人誌でどうぞ


読んでくださってありがとうございます。
本は一冊で完結していますので、この続きも本で読んでくださると嬉しいです。