悪戯に付き合ってられるのは余裕のあるうちだけ<上巻>

(試し読み)



かぶき町は祭りのイベントで賑わっていた。

家族づれや若者たち、目抜き通りは人で埋まっている。

ふらりふらりと銀時は、人込みを抜けていく。

「ん?」

通りの真ん中で、パトカーが天人の車を止めている。交通規制の車止めの前、

そろいの制服を身につけた真選組の男たち。その先頭に立って天人のクレー

ムに対応しているのが真選組副長土方十四郎だ。武骨で、笑顔など見せた

ことがない男が、忍耐強く迂回路を説明している。

「…」

銀時は、とろんとした目つきで真選組隊士たちの動きを追う。そのまま真っ直

ぐ通り過ぎようとしたとき。

「ちょっと待ちな」

めざとく銀時を見つけて土方が咎めた。

「テメーいったいどこ行くつもりだ」

「どこだっていーだろうが」

振り返って、むくれる。

「なんでテメーに俺の行動を報告しなきゃならねぇんだよ」

「黙れ。職質だ」

土方が銀時の方へ歩いてくる。

「今日の任務はテメーみてぇなプラプラした浪人を取り締まるのも兼ねてんだ

よ。とっとと答えろや」

「なんで祭りの日に、んな仕事してんですかテメーらは」

あきれ声を返す。

「そんなことより、先刻からオイタしてる天人ども取り締まってくれねーか」

歩行者天国の通りに舞い降りてスレスレを見物していく飛行車両。両替も

せず価値のない貨幣で買い物する団体。商品と飾りの区別がつかず、タダ

で持ち去ろうとする天人と店主の攻防。

「うるせェ。こっちも色々やりにくいんだよ」

ポケットから煙草を取り出す。

「天人にも参加者にも何かあっちゃ困るんでね」

指が器用に動いて一本の紙巻きを口に持っていく。唇が煙草を啣える。その

動きを見るともなしに見ていた銀時の目が、静止する。

「………アレ?」

銀時は首をかしげる。

「なんだっけ、それ。なんか思い出しそう」

「とにかく。不逞浪人は捕まると強制労働だ。幕府の方針だからな。真選組

(おれたち)の仕事ふやすなよ」

煙草の先に火をつけ、最初の一口を吸い込む。銀時はそれを、ボーッと見て

いる。

「オイ、聞ーてんのか!?」

「あ?」

ふと我に返る。

「声でかいねアンタ」

「そうじゃなくて!今日はプラプラしねーでおとなしく家にいろっつってんのが

分かんねーのかッ!」

『銀時』

唇が音をつくる。何度もその熱い息が耳にかかる。耳たぶを噛んでいるのが

声なのか唇なのか分からなくなる。ひたむきな指が顎をつかんで引き戻して…

「オイ」

口を開けたまま焦点をなくしている銀時を、土方は探り見る。

「アタマ大丈夫か?」

「………やべ。マジかよ」

銀時は顔を押さえる。

「アレ、お前?よく覚えてねーんだけど。思い出せねぇ。ってか、思い出したく

ねぇ」

思わず土方から身を引き、右手で左肩を庇う。

「お前、知ってたわけ!?なに、それでその態度ォ!?ありえねーよ!最悪

だよテメェは!!」

「なんの話だッ!!なんなんだテメーはァ!?」

「ウルッセーよ、お願いだから抱かせてくれって頭さげたのァ、テメェだろー

がァ!!」

「…するかァァァッ!!」

高々と叫ぶ。チャキ、と刀の鞘をつかんで姿勢が低くなる。

「まァた記憶喪失か!?どこまでアタマ悪いんだ!?斬ってやっからクビ出

せや!!俺に関する記憶、残らずくりぬいてやらァ!!」

「オイオイ。都合の悪いことは否認ですかァ?」

銀時が平坦に告げる。

「なんか思い出したぜ。テメェ髪長かったろ。結ってんの解くと腰まであったん

じゃね?」

「……なッ、」

土方は刀を掴んだまま、目を見開く。

「なんでそんなこと知ってんだよ!?」

「でもソコしか覚えてねぇや」

銀時は顎に指を当てて首をかしげる。

「なにこれ?なんの記憶?どーして記憶あんの?それもコイツと?ありえねぇ

いろんな意味で」

「オイ!」

「そーいや髪が解けるとダメだったよな。あんな高々結ってたのは、髪に精力

まとめて括ってたワケ?」

「……テメェ」

刀をつかんだ手に、極限の力をこめる。

「どっから聞いた、そのヨタ話」

「んー」

銀時は土方の後ろを指す。

「山崎君」

土方は振り向きざま抜刀する。

「山崎、てめェ〜かァァ!!」

「ひぃぃッ!」

部下は切っ先を一重でよける。

「俺じゃありませんッ。いくらなんでも副長の夜のクセまで監察が調べるはず

ないでしょ!」

「じゃ、なんでアイツが知ってんだよ!?」

「え。あれ本当ですか副長」

山崎が土方に耳打ちする。

「この情報、内容はどうってことないけど、出所が万事屋の旦那ってトコがミソ

ですね。こいつは高く売れますよ」

「売るんかいィィッ!」

山崎めがけて刀を振り下ろす。

「てか、買い手なんかつかねーよ!」

「やめろ、トシ」

真顔の近藤が割って入り、土方の肩にポンと手を置く。

「取り乱すことはない。取りあえず俺が買ってやる」

「毎度あり〜ィ」

銀時が、ぼーっとした調子で言う。

「お前かよッ!ってかそれナンの解決にもなってねェからッ!!」

力の限り土方は叫ぶ。目の前で近藤が小銭を銀時の手のひらにパラパラと

まいている。

「安ッ」

「旦那ァ」

ごく自然に沖田が銀時の横へ並んでくる。

「他にもっと土方さんのヤバくて恥ずかしい話、知りやせんか」

顔はニコニコ笑っている。

「高く買いますぜ」

「…そういやァ」

銀時は沖田を見下ろす。

「真選組の何番隊だかの隊長が、アイツに近づく野郎を片っ端から闇に葬っ

てる。ってホント?」

「へぇ。そいつァ傑作ですねィ」

沖田はポン、と手を打つ。

「買わしてもらいまさァ」

「金払うな総悟ォ!ガセだァ!!」

財布を取り出す沖田に、土方が怒鳴る。いやガセじゃありません、と山崎が

近藤に呟く。

「じゃ、俺もひとつお返ししやしょう」

沖田は人差し指を立てる。

「旦那は、土方さんのアレの横にほくろがみっつ並んでるの、知ってますか」

「ちょっ、」

土方が顔を赤くする。

「いい加減なこと言うな! アレってなんだよ!!」

「アレって…」

銀時は沖田を見下ろす。

「二の腕?」

「よくご存じで」

沖田は大袈裟に感心してみせる。

「こりゃ、とっときのネタじゃねーと買ってもらえませんねィ。なら、こんなのどう

です?」

目が、いたずらっぽく銀時を見る。

「万事屋の旦那は、さる、やんごとない御方の御落胤」

その目がスッ、と剣呑に細められる。

「もしくは幕府要人の囲われ者」

「…」

「もっぱらの噂でさァ。アンタはどんな嫌疑がかかっても無罪放免で出てきち

まいますからね」

薄笑いのまま銀時の表情を探る。

「おかしいと思いやせんか? 戌威星大使館爆破事件のときも、せんだって

の攘夷派内紛抗争のときも、事件の核心に絡んでたアンタがなんのお咎め

もなしってのは」

「やめろ総悟」

土方が憮然と煙草を噛む。

「証左のねェ話だ」

「そうですかィ?」

振り向く。

「俺ァ土方さんから聞きやした」

「だァかーらァー!」

沖田に怒鳴る。

「推論だろーが!!そんなら辻褄が合うってな!!」

「まァまァ、みんな」

近藤が首をふる。

「火のないところに煙は立たないというし。それくらいにしておこう」

「このネタ立証したいんですがね。旦那、捕まっちゃくれやせんか。今、不逞

浪人取り締まりキャンペーン中でして。もれなく強制労働の実刑がついてき

まさァ」

沖田は銀時の前に立って見上げる。

「それでもアンタがいつもの調子で釈放されてくりゃ、相当のバックがついて

るってことで、こっちも腑に落ちるんでさァ」

「…だから家でおとなしくしてろっつったんだ」

土方が居心地悪そうに目を伏せる。

「俺ァ忠告したかんな」

「なに。仕事くれちゃうの」

銀時は腕組みして沖田を覗きこむ。

「それってオメーの依頼?言っとくけど金は前払いしろ。家賃2か月滞納して

んだ」

「1か月分、払いまさァ」

「もうちょい。あいつらの今月の給料分」

「だあァァァ! ちょっ、」

金銭交渉しながら歩いていく二人を近藤が追いかける。

「ダメだって総悟!その人は捕まえるなって上からお達しがきてんだからさァ!

やめてェェ!」

!?

一斉に部下たちが止まる。視線が近藤を振り返る。

「…そりゃどういうこった。近藤さん」

土方が身構える。

「そんな話、聞いてねぇ」

「あっ、じゃやっぱり」

山崎が口走る。

「万事屋の旦那は、お偉いさんとつながりがあるってことなんだ!?」

「ついにシッポ出しやしたね」

沖田はニヤニヤ銀時を見る。

「もうゲロったも同じでさァ。アンタどこの関係者ですかィ旦那?」

「そーなの?」

銀時は首をかしげる。

「俺の関係者いるの近藤さん? だったらソイツ、ウチの家賃援助してくれねぇ

かな?」

「いや、あの、実はだな」

近藤に汗が浮かぶ。

「これまで大なり小なり犯罪撲滅に協力してくれた市民には、恩赦っていうか、

お目こぼしっていうか…そういう何人か免除できる枠があって、それに申請して

たんだよ。ウン」

焦ったように銀時を見る。

「いやだなァ、べつに上の人がどうとかじゃなくて。なんなら、他に免除してほし

い功労者とかいるかな、坂田サン?」

「ん〜」

銀時は生気のない目を上にあげる。

近藤の発言を糾弾しようとした隊士たちはハッとなる。

銀時の口から誰の名前が出るだろう。

これは直球勝負した近藤の手柄。

もし、攘夷派浪士の名が出れば。

「あ。いた」

銀時はぼんやり指をさす。

「あいつ、できれば勘弁したってくれや」

!!

勢いこんで真選組が振り返った先には。

捕縛された浪人たちの列の中に、どうってことない男が一人。

サングラスにアゴひげ、ダメな気配ただようショボクレたオヤジだ。

えええええッ!?

なんでアイツーッ!?

心で叫ぶ隊士たちを尻目に、銀時はそちらへフラフラ近づいていく。

「よォ」

肩を落とした男に声をかける。

「どーした?不景気なツラしやがって。ボランティアの炊き出し待ってる難民

キャンプの方々かよ」

「……銀さん」

振り向いたその男は、力なく憔悴しきっている。

「いきなし捕まっちゃったよ。なに言っても聞いてくんなくてさ。俺、これからど

うなっちゃうんだろ?」

「面接落ちまくってたろ」

銀時はその男・長谷川泰三の前に立つ。

「受かってよかったな。今日からオメーも労働者だ」

「労働っても強制労働だろうがよ!給料なんざ出ねーんだよ!!」

「バカヤロー、仕事選んでる場合か。メシくれェ出んだろ。それでありがたいと

思えねぇのかテメーは」

「思えねェ!!」

「…しゃーねーな」

真選組の近藤たちを振り返る。

「こいつ、俺のツレなんだわ。これからメシ食いに行こうって待ち合わせしてた

とこでね。放してくんねーか」

「いや別にお前と待ち合わせなんか…」

いいかけた長谷川の横ツラに銀時の拳が決まる。

「そーか。待ち合わせじゃなくてオメーのオゴリだった。何食ってもいいって言

ってたなオイ」

「ハ…ハイ、」

銀時の剣幕に長谷川はコクコクと頷く。

「言ってました」

「ちょっと待てェ!」

後ろから土方が怒鳴る。

「そいつァ誰だ。テメーとどういう関係だ!?」

「どういう関係って、そりゃ…」

銀時は長谷川に近づき。

ヒゲのはえた顎を自分の方へ向かせる。

「こーゆう関係?」

いいながら長谷川の口元に唇を寄せて押しつける。

どああぁぁァッ!

何人かの心の叫びがあがる。

居合わせた隊士たちも周りの浪人たちもビクゥとすくみあがる。

「こっ、こいつッッッ、」

長谷川は口をゴシゴシこすって後退る。

「いきなり何しやがんだテメーッ!!」

「るせー、ちったァ話合わせろ。へんに説明してややこしいことになったら面倒

だろーがよォ」

「こっちのが百倍ややこしいわッ!」

「べっつにテメェも侍のはしくれだろ。衆道くれェどうってことねーじゃねぇか」

「はァァ!? 衆道ォ? なに言ってんのアンタ!!」

長谷川はグラサンの顔を銀時に突き出す。

「あんなもん地でできんのはなァ、侍の中でもよっぽど本格的に生まれ育った

奴だけだよ。モノホンの武士道たたっこまれて、主君や戦友に生死をかけた愛

誓っちゃう、そんなきらびやかな世界の話なの!こんな街ん中のオッサンに、

ないのそんなものは!」

「なにその現実離れしたドリーム?」

銀時は白けた目を向ける。

「ヤりたかったらヤりゃ良いじゃん。あーだこーだ言ってねぇでさ」

「ヤりたいのか銀さん、この俺と!?」

「おぅ。ヤるか?」

「ヤるか?じゃねーよ!やらねーよテメェなんかとォッ!!」

「え。いいのアンタ?マジで?」

「マジだよ大マジ!!」

「なら、いいけどよォ。無断で男と寝ると担任の先生に折檻されっからよォ」

「なんじゃそりゃあ!アンタ学校でナニ習ってんのよ!?」

二人が騒いでいるうちに、長谷川の両手腰縄が解かれる。

すっかり頭が痛くなった面持ちの土方が頭を押さえて言う。

「オイ。行っていいぞ。続きはメシ屋でやれ」

「やれってアンタ、やれるわけないでしょコイツと!」

長谷川は銀時を指差しながら土方に怒鳴る。

「こいつとは酒飲んだりパチンコ行ったり、たまに海行ったり賭場で剥かれた

り、仕事おじゃんにされたり法廷で弁護されたり、とにかくそういう関係なの!

衆道とかじゃないから!」

「実に清らかな交際じゃねーですかィ」

にこやかに沖田が返答する。

「そういうのを衆道っていうんでさァ。あと一押しベッドに倒しちまえば、めくる

めく男の世界でさ」

「なにいってんの総悟ォ!!」

近藤がだいぶ後ろから叫ぶ。

「衆道は、ベッドじゃなくて布団でしょおッ!」

「……もういいから」

力なく土方が手を振る。

「もう行っちまってくれねーか。頼むから」

銀時と長谷川は取締りの現場を後にする。

縄でつながれた浪人たちが一斉に非難不平を発する。

小走りに追いかけながら長谷川は銀時の耳に手で隠した口を寄せる。

「すまねェ。正直たすかった」

「あー。気にすんな」

「銀さん、真選組に知り合いなんていたんだ」

チラ、と土方を振り返る。

「あれ、誰?」

「んー…」

前を向いたまま無表情に答える。

「なんか副長らしー。よく知らねェ」

「いい男じゃねーの」

グラサンの下の頬が染まる。

「きっと衆道ってのは、あーゆうのだぜ」

「アンタあーゆうのが趣味なの?」

「バッ、そういうわけじゃねぇ、イメージだよ。イメージ」

「俺じゃなくてアレに燃えるんだ」

頭の後ろで手を組む。

「やっぱいいね。アンタの嗅覚。たまんねぇ」

「意味わかんねーぞ」

「安全な奴といりゃ、気ィ抜いて酔えるってこと」

「どーせ俺ァ、マダオだよ」

まったく誰にも気ィ使われないオッサン、と長谷川が漏らしたとき。

上空から轟音が降ってきた。




「金時ー!!」

それは天人の飛行車両に混じって飛んできた。

宇宙航行用の小型艇。目抜き通りでいきなり高度を下げてくる。

「オイ、ちょっとォォ!!」

キイィイイ、と走り抜ける耳鳴り。

銀時と長谷川は、その周辺の真選組も含めて重い風圧に押される。

銀時めがけて突っ込んできた機体は、地面50センチのところにホバーリング

して止まった。

「ひさしぶりじゃのー金時ィ」

空気の噴き出し音とともにハッチが開く。

自動車ほどの大きさの小型艇から人が降りてくる。

「あいかわらず、おんしゃ目立つのぅ。分かりやすくて助かっ……うェぷッ」

地面に足がついた途端、口を押さえて下向く。

「ウェエエェ…、気持ち悪かー…」

「なにやってんの、お前?」

銀時は小型艇に歩いていく。

「なにこんな祭りの人ごみにンなもんで乗りつけてんの?」

「祭り?」

坂本辰馬は顔を上げる。

丸サングラスにモジャモジャ頭。

かなりの長身大柄で航行式の上着を羽織り、それでいてゲタ履き。

「オォ、こりゃ珍しかモンに出くわしたもんじゃのぅ。懐かしかー」

「すいませーん、おまわりさーん」

銀時が真選組に声を掛ける。

「この人、違法駐車なんでェ、とっとと取り締まっちゃってくださーい」

「おいおい銀さん。その人、アンタの知り合いだろ?」

長谷川が止める。銀時は振り返る。

「知り合いってか。万事屋につっこんできたバカ」

思い出して目を細める。

「そーいや、あんときゃ商売あがったりだったぜ。チクショー、エレー目に遭った」

「いや商売は自業自得だ」

長谷川が冷静に述べる。

「もしかしてその人、快援隊の坂本さんじゃないの?入国管理局にいたころ何

度か見かけたぜ」

「んー?」

それを聞いて坂本は長谷川に向き直る。

「おんしゃワシの知り合いかよ。覚えちょらんが、ひさしぶりに会ったからには、

酒じゃ!」

拳をにぎりしめて宣言する。

「酒ば用意せい!呑んで呑んで飲みあかすぜよ…ウェエエェーップ…」

「二日酔いのクセになに言ってやがる。駐車違反の上に飲酒運転か?罰金

はらってウチ帰れ」

「アッハッハッハッ。こりゃ二日酔いじゃのーて、船酔いじゃ」

真っ青な顔で坂本が立ち直る。

「それにウチには帰れん。もうフライトの時間じゃけー」

「じゃあ船に帰れ」

「一人じゃ帰らん。おんしを連れに来たき」

フーッ、と息をつく。

「『奴』の動きが目につく。限界じゃ。おんしを地球には置いとけん」

ずい、と鼻の上のサングラスを上げる。

「時間がなか。早う、乗れ。金時」

「乗らねーよ。酔っ払いの船なんか」

「江戸も、もう安全ではなか。ワシと一緒に宇宙へ避難するんじゃ、金時!」

「『銀時』だっつってんだろ」

坂本の横ッ面にグーをめりこませる。

「もう帰ってくんな」

宙に泳いだ坂本の体に背を向ける。

「あー、糖分キレた。イライラする」

長谷川の方へ歩いてくる。

「待たせたな。行こうかァ」

長谷川は応えない。

声もなく銀時の後ろを見ている。

その視線を拾って銀時が止まったとき。

「分かっちょらんのー」

なにごともなかったように坂本が、銀時の背後に立って笑っていた。

「おんしゃ、とっくに『奴』に見つかっとるんじゃ。『奴』の悪巧みが始動すれば、

あッちゅう間に『奴』の前に連れてかれる。ワシと来れば『奴』も米粉も全部

かわしちゃるぜよ」

身をかがめ、銀時の耳元に顔を寄せる。

「もともとおんしゃワシのもんじゃ。どうじゃ?これを機に宇宙に出てワシと契り

を…」

「黙れ毛玉」

坂本の顔面に銀時の拳がめりこむ。

「もう行けや」

「おんしゃ良くても」

鼻血にも、坂本は堪えない。

「『奴』の執着はワシらには脅威じゃ。『奴』には正当な権利がある。変幻自

在で捕まらず、討つ手立てもない。こんな状況でみすみす『お迎え』を待つが

かよ?」

「お前、なにその後ろ向きな思考。キャラ変わってんぞ」

軽く笑いながら銀時は、腰に差したままの木刀の感触を握っている。

「言っとくが、俺ァお前と船なんか乗らねぇ。テメェと面つきあわせて宇宙船の

旅なんざマッピラだ」

坂本を見上げて、目を合わせる。

「逃げたって、その先で同じことが繰り返されんだよ。そんときまた弱み切り

捨てて逃げろってか?今度は何捨てんだ?自分を運んでる宇宙船か?」

だるそうに言い切る。

「いいからテメーは宇宙飛んでろ。コッチのこたァ気にすんな。どーせ、なるよ

うにしかならねぇ」

「…つれないのぅ」

瞳をサングラスに隠し、坂本の口が笑う。

「まァ、そうでのーては銀時ではなか。どのみち、おんしがそう言うならワシゃ

待ち続けるだけじゃ」

「もう待つな」

坂本から身を翻す。

「重てーし。意味ねぇから」

「ちょっ、銀さん」

そのまま歩いていこうとする銀時を、長谷川が押し止どめる。

「いいのかよ、そんな別れ方で。坂本さん、宇宙へ行っちゃうんだろ?だったら

せめてターミナルまで見送りに行ってやれよ」

「いんだよ。こっから見送るから」

「坂本さん」

長谷川は坂本を振り返る。

「アンタの船、2時なんじゃないのか」

「ほうじゃ。よー知っとるの」

「銀さん」

長谷川は銀時の前を、塞ぐように立つ。

「船ってのはなァ、一回出てっちまうと次ちゃんと帰ってくるかどうか分かんねぇ

もんなのよ。このまま一生会えなかったりすると、後悔するよ」

「宇宙で死ねりゃ本望だろ」

「あ。そういうこと言うんだ。心配して来てくれたダチに」

長谷川が真声で言う。

「銀さんて、そういうキャラだっけ」

「キャラ関係ねーよ!なんで長谷川さんコイツの肩もってんだよ!?買収か?

買収されたのか!」

銀時と長谷川がギャーギャー始める。

見ていた土方は隊士たちを退かせる。

「あとは俺たちでやる。テメーら持ち場に戻れ」

「ズリィですぜ土方さん」

沖田が口をとがらせる。

「こんな面白ェ見せ物、途中で席を立って帰れだなんて」

「もう終わりだろ。駐車違反のキップ切って追い払う」

「いや。今から2時じゃ間に合わんだろう」

近藤が腕時計を見ている。

「真選組がターミナルまで先導しよう」

「なんでだよッ!?」

「江戸の平和を守るためだ、トシ」

「だからソレ乱してんのアイツらだから!!」

「仕方ないな。俺と総悟で行くか」

「行きまさァ」

「ちょっと待て」

土方が止める。

「ここの指揮とってんのアンタだ。俺と総悟が行ってくらァ」

「とかなんとか言って、アイツらに興味あんでしょう」

横目に沖田が土方を見る。

「あのモジャモジャと旦那がワケありななァ確かだ。恩売って油断させて、ある

ことないこと聞き出してやらァ」

「んなことしてねぇで仕事しろ、総悟ォ!」



                                         …………続く


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